屋根裏部屋でホコリをかぶっていた本を引っ張り出して来ました。ちょっと気になった部分だけを取り出して「個人の感想」を書いてます。
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テレビなどで昔の映画を放送するとき、不適切な表現が(台詞などに)あるが、撮影者の意図を壊さないようにそのまま放映しました、ご了承ください、なんてのがありますね。

私がこれから書くことに、不適切どころか放送禁止用語が使用されているかもしれませんが、実際に経験したこととして当時の雰囲気も含めて皆さまにお伝えするために「そのまま」書きますのでご了承下さい。

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私の友人に古代遺跡巡りが趣味のがいて(あ、もちろん国内だよ、古墳とか石舞台とかそんなの)何か会にも入っているらしく、てくてく歩き回っている。
リーダーには、専門家がいるそうで「先生、先生」と呼んでいる、どんな経歴なのかは知らんけど。

その先生が2年くらい前かな、女帝の話をして「8人いるけどみんな中継ぎだった、子は作らなかった、天皇は男系男子で古代からずっと続いている」と言ったのだそうだ。
彼女は私がこういうブログを書いていることは知らないけれども、話の端々に「愛子さま」が出てくるので(私は皇室素人連中にはよくわかるように「愛子さま」を使う)皇位継承アンケートで女帝容認が80%を超えてる、女系天皇も70%が女系を理解した上で賛成といろんなメディアが伝え始めた頃であるし、Oakleyも女帝に興味があるのだろうと思ったのだろう。

「へぇ、そうなの」と私が答えるのを彼女は想定していたのだろうが、私が生半可な聞きかじりながら、元明(43代)元正(44代)天皇の場合を話すと向こうが「へぇ、そうなの」と言った。
しかし、表情と口ぶりには明らかに「でも〝先生〟が話されたことだしねー」と

〝こんなこと〟で言い合いしても仕方が無い

と言う気持ちが表れていた。

wikiでは元明(43代)元正(44代)天皇の皇位継承を、女系に見えるけれども血統から言ったら元正天皇の親父さんは男系男子なんだから、男女双系天皇、女系天皇とは違う。
だから、これを先例として、旧皇族(旧宮家)の子孫と内親王が結婚したら良いんでない?あるいは皇族男子を増やすためにGHQにムリヤリw臣籍降下させられた旧宮家を復活させようぜという男系男子派もいる。

こらこら、それはご都合主義、ゴールポストを動かすってヤツじゃね?

万世一系、男系で繋がれてきたというのは、歴史学の通説では「証明できない」。
先述の古代史の研究者橋本氏は「万世一系の思想」でつぎはぎされた皇統と言っている。
最初の方の天皇はいたのかどうなのかもわからない、天武のように、天皇の子じゃないんじゃね?という疑問が出ている人もいるし、とにかく父系祖先が天皇であったかなかったか証明しようがないからね。
後から○○天皇の子だということにしよう、とか父親の身分を王から親王にあげたとか、ないとは言えないんじゃない?

そんな実証できないことを、今の時代に「天皇になれる」条件として第一に掲げていいのかしらん?

wikiにある、男系原理の由来

・記紀神話における「天壌無窮の神勅」に求める説。すなわち「男系継承は神代、初代神武天皇以前から定められていた掟であり、一貫して続いてきた伝統である」という認識。そのため男系でない「万世一系の皇統に属さない女系天皇は天皇といえず、皇祖皇宗(アマテラスや歴代天皇の霊)からも天皇として認められない」という神話的な理由ではないかと考えられる。
・娘に家の継承を認めないという中国を発祥として朝鮮経由で渡来した家父長的氏族制度の影響。
旧皇室典範がはじめて男系の継承原理を成文法とし、現在の皇室典範もこれを踏襲したが、戦前も戦後も政府としての公式解釈は存在していない。半官の逐条解説書『皇室典範義解』も、旧皇室典範第1条の男系継承規定について「皇家の成法」「不文の常典」であるとするのみである。







また、注釈であるが

 『古事記』、『日本書紀』にはさまざまな造作が加えられているとされるが、その問題の1つには天皇が男系で継承されてきたように記した点である。古代、氏族としての帰属は父系を原則としていたのは事実としても、生活習慣は基本的に母系制であり、家の継承が常に父系的に行われていたとは考えられないのではないだろうか、ということである(その後の時代も婿養子という制度は残されている)。 現在の日本においては、結婚した夫婦は民法上どちらかの姓を名乗り、その子もその姓を名乗ることとなっているが、現状でそのほとんどが男子(父)の姓を名乗っている。姓をもって家の継承と見なすならば国民においても男系継承が一般的であるといえるが、婿養子あるいは娘の子が跡を継ぐことも少ないながら存在し、かつての女系継承の残滓ともいえるものも見受けられる。

私は、国文科出身ではないし、高校の時の日本史の成績も低空飛行だったし、なのだが、小学生の時、講談社の少年少女世界文学全集50巻を買って貰ったのよ。
その中の日本編に落窪物語ってのがあってね、まぁ、日本版「シンデレラ」かしらね。
気の強い継母とその後妻に頭の上がらないダメな父親のために召し使い並に扱われている可哀想なお姫様が素敵な貴公子に救い出されて結婚する話。
その中で、落窪の姫さまの亡き母上が身分の高い方だったこと(皇女だった?)、(かなりの)家屋敷の地券を娘に相続していたこと、なんかが書かれていて、それがホーホーこんな昔にも女の権利ってのはあったのか、と感心したのね。
落窪姫を助け出してくれた右近の少将も身分が高いけれども、当時の貴族社会では母系の血筋も出世に大きく寄与するらしいこと、それが天皇家のお血筋となるとまた格別ってことをその日本版おとぎ話で学んだわけ。
だから、こんなに婆さんになってから、天皇は男系男子でずっと繋いできた、女性天皇は「中継ぎにすぎない」なんて男系男子派の主張にはすぐには納得出来ないわけ。
遠藤みどりは皇位継承を支えるシステムとして後宮とか皇后とかに興味があるとおっしゃっていて、まぁそれは好きにしていただいていいけれども、母親が天皇って言うのは、記紀にある神話の時代でも連綿と続く実社会の中ではもっと重みがあったのではないかと、そう思うのね。

しかし、学校では名簿はあいうえお順でも男の子が先で、女の子は委員長でも副が搗くことが多いとか、当然のごとく娘は早く嫁に行け、地方でもあり見合い結婚が多くて、やれ女三界に家なしとか、妻は夫より半歩控えて立つとか、そんなことも耳に入って来て、

男を立てるのが賢い妻とかさー、男の子を産むと「お手柄」とかさー

ド庶民の私は知らない間に「男子優先」の世界にどっぷりつかってたよ。

なぜだー?

300年続いた江戸幕府を倒したはいいが、明治政府は不平等条約改正の条件として民法典制定を求められた。
律令はすでに機能せず、江戸時代の武家社会における家督相続にならった制度が出来ていたが民法典のようなものは存在せず大急ぎでフランス民法を模倣した。
もっともフランスとは国情も民情も違い、家族法は日本の旧慣習に配慮して作る必要があると、日本人委員のみで起草された。

皇位継承のド庶民版、家督制度と戸主権についてみてみる。

戸主の地位の承継(家督相続)
戸主の地位は、戸主の財産権とともに家督相続という制度により承継される。相続の一形態であるが、前戸主から新戸主へ全ての財産権利が譲り渡される単独相続である点が現在の民法と大きく異なる。但し遺言等による意思表示がある場合において相続分の指定があり遺言が有効であると認められれば、法律上「当然」にそれは有効であった。

明治31年に交付された明治民法の「戸主は男子のみ」は、早くも実情に合わない部分が出てきた。

明治の中頃、亭主を亡くした後家さんが、家業をついで立派にやっている、税金も全国の戸主と同等に払っているのに、なぜ女戸主はみとめられないのかと裁判に訴えたが、なるほどもっともだ。特に男に代わらなくてもよいと認められた事例があるらしい。

家督相続は次の場合に行われる。
戸主が死亡したとき
戸主が隠居したとき
戸主自身が婚姻し別戸籍に去ったとき
女戸主が入夫婚姻を行い夫に戸主を譲るとき
入夫婚姻により戸主となった夫が離婚により戸籍を出るとき
戸主が日本国籍を失ったとき
家督相続人(新戸主)となる者は、旧戸主と同じ家に属する者(家族)の中から、第一順位として直系卑属のうち親等・男女・嫡出子庶子・長幼の順で決められた上位の者(ただし、親等が同じ場合女子といえども嫡出子及び庶子が優先された。)、被相続人(旧戸主)により指定された者、旧戸主の父母や親族会により選定された者などの順位で決めることになっていた。なお、代襲相続の規定もあり、例えば第一推定家督相続人である長男に孫が生存したまま長男が戸主の死亡前に亡くなっていた場合には、長男の孫のなかから男女・嫡出子庶子・長幼の順で家督相続がなされた。特に事情が無い場合、一般的には長男が家督相続人として戸主の地位を承継した。

女戸主
戸主は男性であることが原則であるが、女性であっても家督相続や庶子・私生児などによる一家創立など、女戸主もあり得た。しかし男戸主に比べ、いくつかの差異があった。
 
隠居するには、年齢その他の要件を満たしている必要があるが、女戸主の場合は年齢要件を満たす必要がない(改正前民法755条)
(男性の)戸主が婚姻して他家に入るには、女戸主の家に婚姻で入る場合と婿養子縁組(婚姻と妻の親との養子縁組を同時に行うこと)に限られたが、女戸主が婚姻するためであれば裁判所の許可を得て隠居・廃家ができた(改正前民法754条)
婚姻により夫が女戸主の家に入る(入夫婚姻)際、当事者の反対意思表示が無い限り入夫が戸主となった(改正前民法736条)。ただし1914年(大正3年)以降の戸籍法では、入夫婚姻の届書に入夫が戸主となる旨を記載しなければ、女戸主が継続する扱いであった。

つまり明治民法でも男であろうと女であろうと個人の意志が認められているのである。
おそらく家業を継いで生きてゆく封建社会が壊れ、職業選択の自由が取り入れられていくと、男だ女だと言ってられなくなるのだろう。
また自由平等のフランス民法の影響もあったかもしれないし、平安時代の通い婚や落窪の姫のように親が娘に財産を譲るという例もなくなったわけではなかったかもしれない。

人は生きるために働き、結婚し、子をなし、子孫繁栄を神に祈り、営々と生活を続けてきたのである。

男の王が続いたら争いが続き、国が乱れたので女王を置いた、すると争いはやみ国は平らかになった、と卑弥呼の伝説にある。

古代の天皇は統治者であった。

男系男子で繋いで来た、というよりは、天皇は統治者としての資質を一番に問われたであろう。
天変地異が続くのも天皇に徳がないせいだと「責任をとらされw」譲位して改元となった。
民の竃から煙が立たないのをご覧になって仁徳天皇は税を免除された、3年経って民の竃から煙が立つようになり、国は賑わいを取り戻し大いに潤った。
天皇は経済発展のために減税を行われたのだ。

もう一度言う、古代の天皇は統治者であった。
のんべんだらりと「男」で「繋いでいこう」と天皇は選ばれて来たのか?
天皇家は「とにかく繋がってればよい」だけだったのか?

87代のうち実に56代が譲位だった。
権謀術数はいつの世にもあっただろうが、それだけではないだろうと思う。
譲位せねばならぬ「不都合」があり、新天皇は「次はうまくやる」という希望(野望)もあったろう。

さて、これからが本題である。

前述の橋本義彦氏は言う。

皇位継承の資格
皇位継承者は,いうまでもなく皇親に限られる。推古天皇をはじめ皇后から皇位を継いだ例も数例あるが,皇曾孫の皇極,皇孫の元正以外の女帝はみな皇女である。継嗣令に〈女帝子〉の語が見えるから,令制では女帝の存在を公認しており,江戸中期の後桜町まで10代8女帝が生まれたが,いずれも中継ぎ的色彩が濃く,やはり皇男子の継承が本則であったとすべきであろう。平安・鎌倉時代には,いったん臣籍に降下したのち,さらに皇籍に復した例が数例あり,そのうち光孝の皇子定省(宇多)は皇位にのぼったが,やはり変則であろう。

男系男子派が舞い踊らんばかりに喜びそうな文章だが、皇男子の継承が本則であったというなら、女帝はなぜ選ばれた?
手白香皇女のご亭主継体天皇ははるばる福井から呼び寄せられている。
臣籍降下したのを皇籍に戻したり、もっと酷いのは世を捨てて仏の道に入ったのを還俗させてまで天皇にした例もある。
他に男の候補がいたのに女性が天皇になっている例もある。
男が本則なら女性天皇の場合にはただ継いでいけば済む場合よりもっと真剣な選択肢であったと思わざるを得ない。
それを橋本氏は「中継ぎ」と言い、男系男子派は狂喜乱舞するわけだ。

しかし!

女性天皇を選択した当時(あるいはせざるを得ない)、コトはもっと真剣勝負だったのではなかろうか?
それは今で言う「中継ぎ」のニュアンスとは違っていたんじゃないか?

そんなことを思う。

「中継ぎ」という言葉にはどこか軽い扱いというか侮蔑のようなものまで感じさせるものがある。

橋本義彦氏の文章でみると、女性天皇は「中継ぎ」で男性天皇は「変則」である。
古代、女帝子も令で公認されているし、男性が本則とはいえ、継体天皇のように皇女を皇后とすることでランクアップしてもらってようやく天皇にしてもらえた人もいる、というより皇后ではあるが皇女として後を継いだという側面の方が強いと言われている、手白香皇女のことだけどね、こういう場合も含めて当時は男と女の差というのはそれほどないのではないか?
長い歴史の中、男子の天皇でも実質「中継ぎ」という観念で見られていた影の薄い天皇だっていただろう。

では、「女性天皇は中継ぎ」というのはどこから来たか?

私は、橋本氏個人の生きた時代に知らず知らずのうちに形成された「女を軽く見る」無意識の下の意識ではないかと思う。

男の子を産めば「お手柄」で、跡継ぎを産んだ女自身も男子を持たない正妻を軽んじ、さらに上に行こうとする。

つづく
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「中継ぎ」説の最初の刷り込み
小学校高学年で初めて歴史を学ぶときに、「聖徳太子は叔母の推古天皇の摂政となったが、この『摂政』というのは天皇が女性あるいは子どもの場合、天皇の代わりに政治をする人のことです」という説明を受けます。
中学以降もこれを引きずり、「中継ぎ説」が人々の意識に定着してしまうのでは?と思うのです。
(「女子ども」という括りでの刷り込みも、ここから始まるのかも?)

でも、女性天皇が多かった古代、女帝の前後の男帝たちの在位年数を見ると、むしろ男性天皇のほうが中継ぎでは?という疑問すら抱くことも・・・。

まず、飛鳥時代の推古天皇(第33代)の前後を見てみます(女帝は☆印)。

 敏達天皇・・・在位は13年ほど
 用明天皇・・・在位は2年ほど。
 崇峻天皇・・・在位は5年ほど
☆推古天皇・・・在位は35年ほど
 舒明天皇・・・在位は12年ほど

推古天皇の在位期間の長さが突出していますね。
推古天皇の甥でもある摂政・聖徳太子のほうが早く亡くなっていますし、彼女は単なるお飾りでは無い。れっきとした統治者であったわけです。

次は、奈良時代。
☆元明天皇・・・在位は8年ほど
☆元正天皇・・・在位は9年ほど
 聖武天皇・・・在位は25年ほど
☆孝謙天皇・・・在位は9年ほど
 淳仁天皇・・・在位は6年ほど
☆称徳天皇・・・在位は6年ほど
 光仁天皇・・・在位は11年ほど
 桓武天皇・・・在位は25年ほど

男性天皇である聖武天皇と桓武天皇の在位が長いです。
ただ、桓武天皇の場合は、即位4年後に長岡京、更にその10年後には平安京へ遷都しているので、平城京での在位期間は僅か4年。

奈良時代の場合は在位年数よりも、8代の天皇のうち4代(うち2代は同一人物の重祚)が女性天皇であったことに注目すべきかと思います。
手白香 2020/05/29(Fri)15:30:50 編集
ちうごくの影響。
女性天皇は「中継ぎ」にすぎない。
男系男子こそが正しい天皇である。

これは、中国の男尊女卑思想が日本に入ってきた9世紀以降の価値観でしょう。
中国では、父系的親族組織が古くから定着し、
「牝鶏之晨」
(めんどりが暁を告げるような世の中はロクなもんじゃない)
中国最古の歴史書「書経」にあるくらい。

中国の影響を受ける以前の日本は、
つまり本来の日本は、
「ヒメ(女)ヒコ(男)」が力を合わせて同等の立場で国を治めていた。
古墳を調べると、まあ科学の発達とはエライもんで埋葬されている人骨の性別がかなり正確にわかる。
古墳時代前半の「男女ペア埋葬」率は半数近い。
残りの単体埋葬も男性六割、女性四割。
今の国会議員の男女比なぞ足元にも及びません。

その名残が皇室以外に今も残る「婿取り娘」。
娘がお婿さんを迎えて「家」の存続を諮る。
本物の男系父系主義の中国韓国には、娘の婿取りなんてありませんよ。

日本古来の~日本の伝統の~と騒ぐなら、
「中国の影響を受ける前の、本来の日本のカタチ」
を大事にしていただきたいものです。
射手座 2020/06/04(Thu)11:32:13 編集
このころ(21世紀)日本社会にも男女平等が浸透していたので
男女問わぬ直系継承という理念のもと、皇室典範が改正され、今上陛下の第一子である敬宮愛子内親王殿下が皇太子となられた。

早くこう書かれるようになって欲しい。

え?「このころ(21世紀)にも日本社会には男尊女卑が根付いたままだったから」あるいは「このころにも日本社会には男女平等が浸透していなかったので」
男系男子で今上陛下の弟殿下がコーシさまになられたって書かれちゃうのかな?
ペリドット 2020/06/05(Fri)16:19:40 編集
困った専門家
この先生は推古天皇も中継ぎにしちゃうんですね。
推古天皇は跡継ぎを指名しなかったし。
持統天皇は大物だけど孫が継ぐまでの中継ぎと言われても仕方ないかもですが。
女性は中継ぎ天皇と言われてそうなんだと頷けるのは男を立てる良妻賢母で慎み深い日本女性のイメージが男系継承を重んじることで更に強調されると思いこんでるのかと感じます?!
男にとって都合の良い女の時代は終わっているのに皇室の差別はいつ解消できるのでしょうか。
brubru 2020/06/12(Fri)18:45:50 編集
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