屋根裏部屋でホコリをかぶっていた本を引っ張り出して来ました。ちょっと気になった部分だけを取り出して「個人の感想」を書いてます。
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雅子皇后陛下のティアラ。

めでたい即位の礼にこんなことを思ってはいけないと自らを戒めつつ・・この間から見比べていたんですよ。

ティアラのダイヤモンドの間隔がミテコサマの時より広めじゃないですか?

人によってサイズを調整するそうですが、雅子さまはミテコサマよりうんと小顔でいらっしゃる。

でも、この間隔でいくと、全体的にはミテコサマの時よりダイヤモンド1つか2つ少ないような気がするんですが?

気のせいなら良いんですけど、ミテコサマ(ゴキも)、「国のものは自分のもの」って思っておられそうだから。
平成30年の間に「髪の毛が少なくなったからティアラはもういいわ」とイヤリングやペンダントにリメイクのご注文がなかったでしょうか?

いえ、率直な疑問としてお聞きしてるだけですけどw

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皇后のティアラ
美智子様は秩父宮妃殿下のティアラもお持ちとか。
まだまだお渡ししてないもの沢山あることでしょう。
ただ歴代皇后のティアラやネックレスを加工するにしても元に戻せるように分解してあることを願ってます。
このティアラ三億円とか。
brubru 2019/11/03(Sun)22:05:25 編集
Re:皇后のティアラ
>美智子様は秩父宮妃殿下のティアラもお持ちとか。
>まだまだお渡ししてないもの沢山あることでしょう。
>ただ歴代皇后のティアラやネックレスを加工するにしても元に戻せるように分解してあることを願ってます。
>このティアラ三億円とか。

敗戦後、しょぼくれていた日本も皇太子ご成婚や東京オリンピックをきっかけに立ち直り高度成長していき、「ジャパンアズナンバーワン」と言われるほど国力をつけました。
ミテコサマの母上は「うちの娘は皇族にひけをとらないくらい教育も教養も付けさせた」と嘯き、お嫁入りのお支度は4トントラック○台分などと評判になりましたが、私が皇室ウォッチングしていて一つだけ「貧しいな」と思ったのが「宝石類」です。
戦前の皇族のお姫様は、振り袖はもとより、実家で十二単・ローブデコルテ・ティアラなどを用意してもらってきました。
ティアラなど宝飾品はほとんどが伝統のヨーロッパのお店に特注させたもの、お金だけでなくしかるべき筋からの注文でなければ取り扱ってくれません。
高松宮妃喜久子さまのお嫁入りのお支度を美術館で拝見したことがありますが、和洋どちらもクオリティがすごく高いのです。
喜久子さま、おしゃれさんでよく豪華な宝石を身につけておいででしたが、おそらくご実家からお持ちになったものも多かったでしょう。
ミテコサマがご実家からお嫁入りに際してお持ちになったものはご披露されたことはありません。
お洋服や着物は点数にすれば多かったかもしれませんが、むしろ30年以上後の雅子さまの嫁入り道具がどんなものかネット時代に入っていて明らかになっています。
あのミテコサマが、お姫様ドレスを着られる身分になって、税金で大量に作ってもらってとっかえひっかえ、贅沢に火がついたと思うのですが、アクセサリー類だけはままならなかったように思うのです。
特にダイヤモンドを初めとする宝石は誂えるのにも0(ゼロ)の数が違います。
品質やデザインに凝るなら日頃から力のある宝石商の顧客になっておく必要があります。
それはいくら日本の皇太子妃でも出自が平民では難しいことだったと思います。
宮内庁が宝石類の出費を普段から認めていたとも思えません。
いつもいつも真珠ではなく、シンプルで豪華に大粒のダイヤモンドのイヤリングがしたいとか、ネックレスとおそろいのダイヤモンドのブレスレットを白い山羊皮の手袋の上からつけるなんてどうかしら?とヨーロッパ王室の方々の装いを目にして、ミテコサマ、自分も!と思ったことはないでしょうか?

その時の魔法のテクニックが、今は国有となっている戦前の皇室が日本の国力を示すために買い求めた宝石類をリメイクする、ということだったと思うんですよね。

戦前の皇室はヨーロッパ王室御用達の有名宝石商にティアラなどのお直しを頼んでいたそうですが、ミテコサマはミキモトとか和光とかそういうお店でもなく、金沢でしたっけ、ミテコサマ御用達の加工を引き受けるお店があって、そこの店主夫婦と親しく付き合っているとか、記事になっていた覚えがあります。

もちろん、「国産をご愛用」の美談からです。
【2019/11/04 05:43】
RE, Re:皇后のティアラ
管理人さまのレスコメントを読んで、さらに確信しました。

正田美智子の実家は、たいした家ではなかった。


正田美智子は参内する時、振袖ではなく「黒色のスーツ」を着て行くつもりだった。
それを知った当時の宮内庁が「黒色は喪の色だから止めるように。布地は絹にするように。」と言った。
ここで疑問に思うのは(その当時、未婚女性が正式な席に出る時は、最正装の振袖を着た。茶華道は未婚女性の嗜みだった時代でもあったのだから、社長令嬢なら振袖の一枚や二枚は持っているはず。それでも社長令嬢なら、皇居へ行くために振袖を新調するはず。
なのに黒色のスーツとは何ぞや?

婚約記者会見で着ていたドレスにいたっては、シルクではなくナイロンを選んだり、布地をケチったから袖丈が短くて、さすがの明仁皇太子も「肘が出ている。」と驚いたとか。


つまり正田家は、宝石は別として、普通の日本人なら嫁ぐ娘に用意すべき衣裳を用意していなかった。それは、資産が有る無しではなく、日本人が持っているはずの常識が無いから、用意していなかったと思わざるを得ないのです。

「正田美智子って何者?」「正田家って何なんだ?」という黒い疑問が、管理人さまのレスコメントからさらに大きく深くなりました。


昭和生まれの婆 2019/11/04(Mon)03:58:21 編集
衣装道楽,
管理人様のコメントのニュアンス、同感です。
そこなんですよね、ダイヤの3連より2連と1連のがお洋服につけるのに使い勝手がいいとお考えになる。(多分浮いちゃうのかもですが)
自己主張ができる業者に身の回り品を作らせる、そして大切な伝統のお品の分解作業も思い通りやれる国内の業者に頼む。
芦田淳さんが担当デザイナーの時、皇后さまの満足がいくまで皇居に何回も呼ばれて大変だったという記事読んだことあります。
一種KYなんでしょう。
とても外国の有名デザイナーを御用達にする術はお持ちでない、どころかご自分のしたいこようにできるのが肝心で従ってくれる人でないとだめなのでは。

ミテコサマというフレーズ、最近ネットで広まってますがこちらが発祥の地でしょうか?
ミテコ自身も!
brubru 2019/11/04(Mon)12:41:18 編集
高松宮妃喜久子様のティアラ
高松宮妃殿下がお嫁入なさった時、ティアラもお持ちになったそうです。
そのティアラは、ヨーロッパの有名宝石店(ショーメかカルティエだったような)に作らせたもので皇室で中でも飛びぬけて高価なティアラであったようです。

美智子様が嫁がれてからは、喜久子様のそのティアラは皇太子妃のティアラの何倍も豪華であったっ為、高松宮妃は遠慮され、結局一度もそティアラをつけなかったと聞いています。

現在は、宮内庁が管理されていると思いますが皇后雅子の元に渡るといいなと思っています。
ささりんどう 2019/11/04(Mon)21:29:38 編集
Re:高松宮妃喜久子様のティアラ
>美智子様が嫁がれてからは、喜久子様のそのティアラは皇太子妃のティアラの何倍も豪華であったっ為、高松宮妃は遠慮され、結局一度もそティアラをつけなかったと聞いています。

戦前、皇室財産は莫大なものであったそうですので、おそらく香淳さまも豪華なティアラをお持ちでいらしたと思います。
しかし、戦争が長引くにつれて、世界赤十字への分担金や寄付など、国家予算でまかなえなくなった公的な出費に良子皇后はご自分の宝石類を差し出されたそうです。
国際連盟からは脱退しましたけれども、(戦争末期はそれどころではなかったですけれど)日本は国際社会の一員であることを示すために国際会議を開いたり、人種差別撤廃の提案をしたり、外交を展開していたわけです。
会議の後は親交を深めるためのパーティーなどありますので、皇族や華族の方々が中心になって人脈を広げていかれたわけですが、明治の文明開化とともに国際デビューしたばかりですので、庶民とはかけ離れた生活とは言っても、ヨーロッパの王室のように歴史があるわけでなく、中国のように収奪を繰り返して蓄積した財産があるわけでなく、外遊ということになると、宮家でもティアラなど宝飾品を親戚や他の宮家から借りていったそうです。
それでも、中国の馬賊上がりの将軍が連れてきている愛人のダイヤモンドの方が豪華だったとかw

園遊会で真子どんの袂を彬子さまが直して差し上げていたショットがありましたが、皇族として恥をかかないように、しいては日本の恥にならないように、皆様方助け合うことを結構なさっていたようなんですね。

例えば、1932年のロサンゼルスオリンピック大会。
西竹一中尉が金メダルを取った大会です。
馬術は大会のフィナーレを飾る種目で、メイン会場で行われ、メダル授与は世界のロイヤルの眼前で行われるキング・オブ・スポーツでした。
帝国陸軍は多くの馬を船でロサンゼルスへ持ち込んだのですが、西中尉の愛馬ウラヌス号は自費で購入したもの。
ウラヌス号は当時のお金で2万円、イタリアで手に入れられたのですが、馬も宝石と同じで良いものはなかなか日本人なんかに売ってくれません。
馬体が大きすぎるのとせん馬なのに気性が荒く、持ち主の軍人が手を焼いて手放したとか。
また、買い手が日本の貴族であったということも重要な要素だったでしょう。
馬術が貴族のスポーツであったことから、その他大会の後のパーティーなどとにかく付き合いが派手。
日本人選手は騎兵ですから、技術は習うけれどもこういう時のプロトコールなどには全く無知、また答礼のパーティーなど、バロン西が身銭をきっておられたそうです。

今では考えられないというか想像もつかないことが多い時代であり世界であったわけですが、ミテコサマが皇室に入ったのは昭和34年。
サンフランシスコ講和条約により、連合国との戦争状態が終結し、日本国民が主権を取り戻したのが昭和27年です。
つまり、「大日本帝国の元首である天皇陛下」が「国民統合の象徴の天皇」になって7年しか経ってません。
今現在でみると、ちょうどロンドンオリンピックの年、安部ちゃんが2度目の自民党総裁に返り咲いた年、後何があるかな?
山中京大教授がノーベル賞をもらった年、皇室ではトモさんが亡くなられた。
当時の皇太子ご一家虐めは苛烈を極めてました、廃太子だの別居しろだの、父親である平成天皇の取り巻きたちが平気で口に出してました。

つまり、ミテコサマは全く知らない世界へ入ったわけではなく、親を初めとする廻りの大人たちは旧世界を生きてきた人たちであり、ミテコサマは「皇室・皇族」というものを小さい時から皮膚感覚で捉えていたはずなんです。
むしろ、イギリス王室のメーガン妃なんかの方が丸きり別世界で生きてきたと言えます。

ミテコサマと言う人は、どういう育ち方をされたのか詳しくはわからないですが、「皇族なんかに負けるもんか」というよりは、やはり「戦争に負けた旧世界の支配者なんかひっこんでろ、古い者は破壊して新しいものを作るんじゃー」という考え方だったんでしょうかね?

でも日本人の生活は、敗戦によって大きく影響を受けつつも、すぐには変わらないところもあり、かつ勝者である英米の支配者は変わってません、むしろより影響が強くなっている。
敵対した国であろうが、その前は日英同盟など結んで親しく付き合った皇室であるわけで、時代は変わってもそれにかすりもしなかったミテコサマよりは、人的交流もあるし情報も豊富。

良子皇后に素直に教えを受ける性格だったら、ミテコサマの頭上に喜久子さまのティアラが輝いた日があったかもしれないと思うと残念ですね。

まぁ、ミテコサマが鬼籍に入られた後、雅子さまや敬宮さまを飾る機会が訪れるかも。
分解されないで残っていた方がありがたいですよね。

雅子皇后陛下のティアラ、一番大きな石が21カラットでしたっけ。
ヨーロッパの王室とは張り合えないわね、残念ながら。
エリザベス女王の王笏のアフリカの星、ニワトリの卵くらいあったって亭主が言ってました。
宮内庁が宝石のための予算を組んでくれることなんか金輪際ないかもしれないですけれどね、ミテコサマの何分の1かくらいでも、一度はゴージャスに着飾っていただきたいです。
だって、ミテコサマよりよーっぽどお似合いになるに決まってますもん。

【2019/11/05 00:44】
敬称ぬけました。すみません
皇后雅子 → 雅子皇后陛下です。
失礼しました。
ささりんどう 2019/11/04(Mon)21:33:48 編集
流転の王妃
愛新覚羅浩さんの自伝に、そういえば。
浩さんの家は、嵯峨侯爵家、明治天皇の生母を出した中山侯爵家とも姻戚関係にある公家華族だったけど、公家華族は貧乏で、衣装も宝石も実業家だった母の実家から援助を得てなんとかなっていた。
愛新覚羅溥傑さんと結婚の際も、その母方実家の全面的経済的援助でお輿入れだったが

結婚後、義父の醇親王のところを尋ねた際に圧倒されたこと、「浩は貧しくてかわいそうだから」と高価な宝石をもらったとのこと。

滅びたとはいえ清王朝の圧倒的なこと、日本の華族が、ひいてはそのころの日本という国が、まだまだ国力的に下だったんだなーと実感しました。
ペリドット 2019/11/07(Thu)09:57:18 編集
お皿様が皇居を出ない理由
天皇皇后両陛下にひっきりなしにくる
お祝のお品をがめるため。
珍しいアクセサリーやレース生地など。
誰にも手伝ってほしくないわね。
まゆ玉 2019/11/09(Sat)12:18:22 編集
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