屋根裏部屋でホコリをかぶっていた本を引っ張り出して来ました。ちょっと気になった部分だけを取り出して「個人の感想」を書いてます。
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なんで、天皇皇后のスタイルを継承しているのは鯰夫婦だと週刊誌が持ち上げるのかわからんねー。

記者たちの目が曇っているとしか思えない。


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本性が分かる写真
新しい天皇と皇后の暖かい眼差し
幸せな気分になってくる


メス鯰の恐ろしい目つき
少女を貪り食べようとする寸前みたい
のなめです。 2018/08/05(Sun)09:46:29 編集
継承していると持ち下げる
継承しているのは事実で
嘘こいてるのは、それが「持ち上げる」ような中味だって部分の方かも。

今の天皇皇后―秋篠宮キコ妃殿下に受け継がれる
嘘とズルと贅沢の皇室
中味がなく、単なる金食い虫のゴコウム
戦前回帰につながりかねない、異様なサイシ主義
ってね。
ペリドット 2018/08/05(Sun)09:47:26 編集
Re:継承していると持ち下げる
>戦前回帰につながりかねない、異様なサイシ主義
>ってね。

戦前回帰?
少なくとも昭和天皇は祭祀主義ではなかったし、香淳皇后も子どもたちの勉強ぶりを視察したり、戦争未亡人になった婦人たちが生きて行かれるように職業訓練(裁縫とかさ、もっとも提供場所が「愛国婦人会」だったりするので、誤解を受けてますが)の場を作ったり、傷病兵を見舞ったり、愛子さまに雅子さまが「香淳皇后が配った義足」を見せておられたことがありましたが、ミテコサマよりはるかに現実主義だったみたいですよ。

皇道派・統制派の陸軍抗争、国体明徴運動・天皇機関説、陸軍が敗戦と同時に消えたのを良いことに、残った天皇制はずいぶんと都合良く使われているような気がするんですよ。

櫻井よしこや岩井克己はそれぞれの都合のいいところだけを使って、リョーヘーカやゴキブリ一家を持ち上げたり、皇太子ご一家を貶めている、そう思います。

【2018/08/05 11:44】
ひええ~。
キコサマの顔が怖い~!
完全に化け物。
歯を食いしばりながら笑うって、もはや特技。
「笑顔が恐ろしい、珍しい人」友人談。
射手座 2018/08/05(Sun)10:16:32 編集
瞬間冷夏
この一瞬、冷夏になった。氷の宮妃、真昼のホラー。
なな 2018/08/05(Sun)11:00:31 編集
まあ、継承してますよね
平成流を継承しているのは、たしかに次男一家だと思います。
ほんと、この30年なかったことにしたい。
次代は、昭和からの継承ってことで。
しらたま 2018/08/05(Sun)11:20:13 編集
天皇個人の心を超えて
異常なサイシ主義は、サイシによって天皇が権威化されるわけだけど
戦前はそうやって権威化した「天皇」のもとに戦争に突っ込んでったわけです。やらない方が良かった戦争に、です。
昭和天皇個人のお考えはどんなものであったにせよ、戦前は国が困窮したときの手段として、やすやすと戦争を選択できる体制にあった。
それに「天皇」は深く関わっていた。

また、中世ー近世とどんどん実質的な権力も、権威もなくしていった「天皇」を御旗に、一気に近代化を図るために
「天皇」を権威化する必要があった
それで、明治以降、急にサイシが整備されました。これらのサイシは古代天皇の祭祀とはかなり違ったものです。中味も、そして目的も。

敗戦の結果、それらがチャラになり
昭和天皇香淳皇后個人の資質のおかげもあって、一気に「象徴天皇」に生まれ変わりました。

そのツケがいま戻ってきた感じですね。
いまの天皇のあり方が、戦前の昭和天皇、いやむしろ明治天皇とかのころ?のものとは、もちろん思いませんが
戦後の昭和天皇のあり方からかなり遠いものであるのは確かだと思います。
ペリドット 2018/08/05(Sun)12:11:08 編集
Re:天皇個人の心を超えて
>異常なサイシ主義は、サイシによって天皇が権威化されるわけだけど
>戦前はそうやって権威化した「天皇」のもとに戦争に突っ込んでったわけです。やらない方が良かった戦争に、です。

ここがお若い方と私との分岐点かなぁと思うことがあります。
少なくとも、「やらない方が良かった戦争をやった」というのは、敗戦後一気に増殖した左翼(朝日のようなにわか左翼、戦争を煽ったくせに実は戦争反対だったと言うのも含みます)負けたからの結果論だと私は思います。
太平洋戦争前、国民は「戦う気満々」のが多かった。
日中戦争がダラダラと続き、撤収したくても出来なくなっていた。
満州国については、今の北朝鮮のように国連から査察を受けた。
非難されるかと思いきや、案外その目は緩く、何とかうまく出来そうな気になってかえって欲も出た。

今、「日米戦争を起こしたのは誰か」を読んでいるのですが、なるほどと思うこと多く、日米開戦は、別の様相を見せます。

謝罪も祈りも大事だと思うけど、どうやって「戦争」に突入していったか、「戦争」を選択肢として持っている現代社会(日本だけの話ではなくて)で、どうやって「戦争を回避するか」これを考え、考え続けて行くのは、憲法に謳われている「象徴天皇」の役割だと思っています。
戦争放棄しても、他国から襲撃された場合には、政府は国民を守るために「防衛」を選択肢として考えるでしょう、真っ先ではないにしろ。

戦後の日本は「国連主義」であり、国連はそもそも「安全保障」を軸にした国家の集まりです。
国の「自衛」を認めているし、国連自体「国連軍」を持っています(借り物のようではありますがw)。
その中で、天皇は「日本国憲法の理想」を追求していかねばならない、それが政治に関与しない象徴天皇の役割ではないかと考えています。

だから、天皇の本当の出番というのは、政治がにっちもさっちも行かなくて、手詰まり状態になった時と思います。

スウェーデン公使館附武官小野寺信は、スウェーデンのグスタフ国王を介して、終戦に持って行くツテを手に入れ、昭和天皇に奏上してくれるよう手はずを整えようと動き回りますが、軍部もアメリカとの戦争を終わらせたい気は重々ありながらソビエトを信じ込んでいたので、工作は成功しませんでした。

ヨーロッパでは第一次世界大戦の反省から、平和研究が行われるようになりました。
多くの王族がその機関に関わっています。
複雑な外交とは別に、超法規的外交力を発揮するためには、それなりの下地が必要です。
昭和天皇にはあったと思います。あったからこそ、政治家も軍部も手詰まり状態になるまでお願いできなかった。
残念ながら、アキヒト&ミテココンビは、この頭がありませんでした。
豊かな物資と軍事力で世界に君臨していたアメリカにスポイルされて、享楽的な人生を進むことしか考えなかった、まぁ、ヘタの考え休むに似たりといいますから、考えたかもしれないけれども、ろくなコトにならなかったと言うことでしょうか。

何がきっかけで国家間の対立が起こるか、どんな時に戦争は起こるか、戦争の予防といいますか、昭和天皇から徳仁皇太子へ引き継がれた隠れた仕事は、これを考えることなのではなかろうかと思うのです。

>昭和天皇個人のお考えはどんなものであったにせよ、戦前は国が困窮したときの手段として、やすやすと戦争を選択できる体制にあった。
>それに「天皇」は深く関わっていた。

むむむ・・・森英樹教授の教え子さんですか?

【2018/08/05 16:25】
Re:Re:継承していると持ち下げる
>少なくとも昭和天皇は祭祀主義ではなかったし、香淳皇后も子どもたちの勉強ぶりを視察したり、戦争未亡人になった婦人たちが生きて行かれるように職業訓練(裁縫とかさ、もっとも提供場所が「愛国婦人会」だったりするので、誤解を受けてますが)の場を作ったり、傷病兵を見舞ったり、愛子さまに雅子さまが「香淳皇后が配った義足」を見せておられたことがありましたが、ミテコサマよりはるかに現実主義だったみたいですよ。

今上両ヘーカを賛美しまくる連中がやたらと強調したがるのが「現ヘーカは初の象徴天皇」。
実はただ単に、「日本国憲法下で立太子→即位した」という形式的なことを言っているに過ぎないんですけどね。

若き日のご訪欧で立憲体制下での君主のあり方についてしっかり学ばれた昭和天皇であるからこそ、新憲法下での象徴天皇のあり方についてスッと理解された。そして、憲法に抵触するようなご発言を公の場でなさることはありませんでした。

むしろ新憲法の申し子であるかのように讃えられる昭和8年生まれの今上こそ、幼少期に"天皇は神聖不可侵"的な思想を刷り込まれており、その根っこは現在でも残っていると思いますね。
(直系長子継承を謳った典範改正法案を実質的に葬り去ったあの出来事をアシストした疑惑然り。オキモチ表明ビデオメッセージ以降の数々の憲法違反的言動然り・・・)
手白香 2018/08/05(Sun)12:12:32 編集
香淳皇后のこと。
香淳皇后のお好きな言葉は、
「すぐに役に立つもの」
東宮妃になられた頃の宮中は、下賜の品は、
「一生飾っておく、非実用的なもの。
それこそが『有り難い』」
と、されたそうです。
ある廷臣が「羽二重をいただいても何の役にも立ちません。袴地にしていただけないでしょうか」、東宮妃に訴えた。
ほんと、それ!と、香淳さまは実用的なものに変えて、ちょっと宮中はザワついたそうです。
なにせ、ラジオの「満洲引き揚げ家族には、防寒用衣類がない」をお聞きになり、お手元のハギレや毛糸でチャンチャンコやセーターを作成し、匿名で送られた。
大事なことだから2回言う、
匿名で寄付 なさった。
喜久子妃の、阪神淡路大震災の際の、
「私が行っても何にもならないから、医者とナース送るわ」
これも根っこは同じお考え。
美智子皇后とか紀子妃って、ずいぶん自分に自信がないのね。いつもマスコミ引き連れて、褒め称えられなきゃ耐えられないって。
射手座 2018/08/05(Sun)12:23:38 編集
真心には…
真心が還ってくる。

邪心には、邪心が反る。

よい見本のTwitterですね。

創られた方は、偉いです。
大和三山 2018/08/05(Sun)13:45:13 編集
若くはないですけどね
戦後の、戦争の悲惨さを語り継ぐ、って授業を受けてきた口ではあります。
教科書には、必ず戦争の悲しい話が載ってましたし
大日本帝国憲法と日本国憲法の違いをしっかりたたき込まれましたね。で、前者の天皇制の危うさもしっかり教わった世代です。

大東亜戦争はまったくムダな、愚かな戦争だったと思います。
蓋を開けてみるまで勝てると思っていたのだとすると、政府は大バカで、相手の国力と日本の国力を正しく見極める能力を最初から持っていなかったのだと言わざるを得ません。そんな政府は戦争をしてはいけません。

国民は被害者でなく、国民自身が好戦的だったという話はよく聞くけれども
それは、教育と情報統制の結果じゃないでしょうか。
ちゃんと反戦教育を受けることができた自分は、幸せな世代だったと思います。

自衛のための戦争って、たいてい戦争はそうやって始まるので
もちろん軍を持っているからこそ、抑止力があるとか、外交カードが切れるとかいうことはあると思いますが
基本的には「自衛のため」でもなんでも、戦争になるべくならないように持っていく、それが外交。

戦前の昭和天皇を理想化するのは危険と思いますし、天皇の名のもとで、不要な戦争が引き起こされたのは紛れもない事実と思いますが。
また、ポツダム宣言受諾のあたりで、一番拘ったのが「国体護持」で、国体護持が果たせないかもしれないから戦争継続をと訴えた軍部の一部に対し、昭和天皇ご自身が自分はどうなっても構わないから云々の発言をされた、とよく聞きますが
そうすると、昭和天皇という存在自身が、戦争をやめられない(原爆を二つも落とされた時点になってなお)理由の一部になっていたのは事実のようなので。

個人としての昭和天皇は合理的な方で
戦後の日本国憲法の方が向いている方だったのはそうだろうと思っていますが。
靖国にもご自身の考えとして、途中からいらっしゃいませんでしたしね。

でも、その昭和天皇のもとで、坂道を転がるように負け続け、しかもどうしようもない結果は途中から鮮明だったのに、特攻隊だの、竹槍で本土決戦だのと、引き返せない愚劣さを重ねていったのは事実ではないですか。

超法規的外交力があったら良いと思うし、王族に求められるのは、どう転んでも戦争をしないあり方の希求だというのもその通りでしょうが
一国民(戦争になったら、命を差し出すのを強要される側)としては、超法規的外交力は話半分に考えて、きちんと政府やらを見る側に回るのが良いかと思ってます。

また、基本的に何ごとにも口出しせず、政治的発言もせず、ただそこにあるだけであった戦後の昭和天皇も
ご自身にあまり超法規的幻想を求められなかったのでは?
ペリドット 2018/08/05(Sun)20:51:12 編集
Re:若くはないですけどね
>大東亜戦争はまったくムダな、愚かな戦争だったと思います。
>蓋を開けてみるまで勝てると思っていたのだとすると、政府は大バカで、相手の国力と日本の国力を正しく見極める能力を最初から持っていなかったのだと言わざるを得ません。そんな政府は戦争をしてはいけません。
>国民は被害者でなく、国民自身が好戦的だったという話はよく聞くけれども
>それは、教育と情報統制の結果じゃないでしょうか。

大東亜戦争の前にも日本は戦争していたし、第一次世界大戦にも英国に請われて参戦した。
軍隊はその前からあり、徴兵制もあり、軍隊があるのが当たり前の世の中で、国民は教育を受けてきて、軍人もまた国民であり、軍事教育を受けて来た。
大正天皇は、(第一次世界大戦)敗戦国ドイツの直轄地を移譲されると「わが領地が増えた」と無邪気に喜ぶ漢詩をお作り遊ばされ、大正デモクラシーとも相まって、日本は国際景気にわいた。

昭和天皇は若くして天皇になられたので、実は案外軽い扱いを受けていたんではないかと私はエピソードなんかから思うわけであります。
軍部は特に「天皇の首のすげ替え」なんかを当たり前のように持っていたのではないかと(昭和天皇ご自身も、「開戦に対し、詔勅を出さなければ軍部は私を殺しただろう。それでもかまわないが、自分が生きて何とか軍部をコントロールする方が良いと思った、軍としても戦争の早期終結を考えているとのことなので開戦の詔勅を出した」とおっしゃってます。)
かつぐ神輿は軽い方がいいのでありまして、天皇家というものは、いつでも政治に利用され、かつ放り出され、また担がれ、の歴史を繰り返してきた、という感想です。
天皇がきちんと経済力と軍事力を持ち、やる気でやってたのは、武家社会になる前までじゃないですかねぇ?
後醍醐みたいな天皇もいますけど、あれは例外で。
明治大帝と言われても政治的にはお飾りに近い、大久保なんか外国嫌いの孝明天皇に「非義勅命ハ勅命ニ有ラス候」なんて言うくらい。

英明な昭和天皇の本領発揮は、私は敗戦処理とその後の政治体制にあると思いますね。
原爆については、落とされた日本政府も国民もどんなものかよく知らなかった。
「新型爆弾」なんて言われていたけれども、想像の域を出なかった。
当時、白い布をかぶれば大丈夫とか、いろんな流言飛語が飛んだそうですが。

現在でもそうでしょ?
原子力は危ない、と日本国民が真に認識したのは、地震で東京電力の福島の原発事故から。
戦後、「核爆弾」はダメだけど、原子力は「未来の灯」ともてはやされ、切手にもなって、私たちは「原子力発電」そのものを批判的に見たことはなかったように思います。

>ちゃんと反戦教育を受けることができた自分は、幸せな世代だったと思います。

そうね、私は具体的にどういう教育かはわからないけれども、幸せだと思います。
私は自分が受けた「反戦教育」というものは、戦後左翼に騙されたー、と思ってます。
それは、お題目のように聞かされた「戦前は天皇を中心とした・・・云々」から始まるものですが。

ロシア語教授が明治生まれでしたけれど、その先生から実体験として聞いたこと、また「戦争はドンパチだけではありません、普通の生活からの続きです」の言葉、忘れられないです。
先生は、シベリア鉄道で、ヨーロッパ視察を経験されてる方ですが、護身用のピストルを懐にしのばせてね、そういう時代です。

しかし、そういう年代の方とともに話が出来た身としては、戦後「悪」として一刀両断された事項も、実は現代に連綿と続いているものがあるのだと認識せざるを得ません。
「あった」中に生きてきた人も、悲喜こもごもの人生を送ってきた。

>戦前の昭和天皇を理想化するのは危険と思いますし、天皇の名のもとで、不要な戦争が引き起こされたのは紛れもない事実と思いますが。

天皇が日本の代表者だったのですから、天皇の名に寄って開戦の詔勅が出されたのは形式的なことに過ぎないと考えます。
昭和天皇を理想化しているのではありません。
戦争を引き起こしたのは「御名御璽」ではないからです。

>そうすると、昭和天皇という存在自身が、戦争をやめられない(原爆を二つも落とされた時点になってなお)理由の一部になっていたのは事実のようなので。

「国体護持」=昭和天皇ではないと思いますけどね。
アキヒト皇太子をたてようとか、「皇太子」というだけで、「未来」を感じる連中が戦後ずっと後までいましたから。

「敗戦→天皇が元首として連合軍に処断される→玉を取られる=ホントの負け」みたいなイメージがあったんではないですかね?

昭和天皇は共産主義は嫌いだったそうです。

>でも、その昭和天皇のもとで、坂道を転がるように負け続け、

しかもどうしようもない結果は途中から鮮明だったのに、特攻隊だの、竹槍で本土決戦だのと、引き返せない愚劣さを重ねていったのは事実ではないですか。

最初は勝ってたという話ですが?
レイテ沖海戦からでしょ。
海軍は最初はブイブイいわしてたんだから。
陸軍は中国へ展開した300万で何とか起死回生を、と思っている。
仲の悪い海軍に代わって、陸軍が何とかする番だとむしろいきり立つ。
ただ、御前会議で阿南陸相が昭和天皇の言うことをきいたのが大きいと思いますね。
阿南も偉いが、昭和天皇の重みといいますか、それもすごかったのではないかと思ってます。

それまでは、政府も軍部も昭和天皇に言い逃れしたり嘘つくことが多かったようですし。

晩年の昭和天皇はインタビューに「大していいことはしてこなかった」と涙を流されています。

私は、昭和天皇の戦前の反省は半端ないものだと思っておりますが、息子はそれをほとんど引き継げなかった、でも、それで良かったとも思います。

少しずつ理解出来ないことが出てくる、変わっていく、理解できないでいることは、人間の寿命が尽きていくことで表面上は解決していきます。

【2018/08/06 00:24】
無題
今上さんの即位の際のお言葉、「皆さんとともに日本国憲法を守り」って初めから間違ってたんですよ。
憲法遵守義務は天皇や政治家、官僚ら権力の側に課せられたもので、皆さん=国民は憲法を守る必要はない。
憲法学のイロハです。
烏龍茶 2018/08/05(Sun)21:46:15 編集
Re:無題
>今上さんの即位の際のお言葉、「皆さんとともに日本国憲法を守り」って初めから間違ってたんですよ。
>憲法遵守義務は天皇や政治家、官僚ら権力の側に課せられたもので、皆さん=国民は憲法を守る必要はない。
>憲法学のイロハです。

そうなの?


「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」

の「遵守義務」のことでしょうか?

しかし、国民主権を原則とする日本国憲法を国民は守らなくていいの?
それじゃぁ何のために作ったの?ということになりませんか?

GHQで憲法制定に関わった人間が戦後何年かたって日本に来て「まだ改正してないのか?」と驚いたという話があります。

国民は遵守しなければならないし、また合理的な理由でもって改正することも出来ます。
守らなくて良いということにはならないと思いますけど。

ただ、アキヒトさんは、国民よりもっと厳しく憲法を守る義務はありますよね。
ぬるい考えでいてもらっては困ります。


【2018/08/06 09:17】
憲法はまずは国家権力を縛るもの
それだけ国家権力は怖いと言うこと

安倍総理のやりたがっている憲法改正って、「国家がいざ必要となったら、国民の権利を一部取り上げて制限することのできる憲法」
例えば戦時下において、情報を統制したり、思想を統制したり、教育を統制したり、国家に個人の財産や生命までも差し出すのを可能にする憲法です。

「戦時下」「国難」って言うけど
「国難」は政府が決めることやからね。要するに、政府が好きなように、国民から人権その他の権利を取り上げ制限できるって憲法ですよ。

それは、戦前の明治憲法がそういうものだったわけだけど。
主権は国民じゃなくて天皇にあるので、天皇(国家)の必要に応じて、国民のさまざまな権利は制限できるという。


民主主義は難しいですよ、もちろん。
それでも、これ以外に道はない。

戦前の戦争について、臣民がただ被害者で、昭和天皇の意志で戦争が起こされたと思っているわけではありませんし
日本だけじゃなくて世界的に植民地だとか侵略戦争だとかがごく当たり前の時代が19世紀にあって
その19世紀の価値観の最後にうまく乗って、日清日露戦争でうまいこと行ったのは事実で
日本としてはそれと同じ、その流れを続けているつもりが、時代が変わっていたのに(第一次世界大戦、国際連盟あたりが潮目かな)、それに気づいていなくて
気づいたら引き返せない「しない方が良い戦争」をやっちまったってことだと理解してます。

最初勝ってたはナイナイ。しっかり勝ってたんならそこで戦争を終わらせられたわけで
(勝ったアメリカが日本に負けを認めさせたのと同じく)
せいぜい、そんなに負けてなかった、まだ決定的にダメになってなかったってぐらいのところじゃないでしょうか。
そんなの勝ってたとは言えませんよ。
というか、その程度の勝ちしか見込めないのに(つまり勝ち逃げに持ち込めるほどがっちり勝てないのに)戦争しちゃダメでしょう。それって最後に負けるわけですから。

ヨーロッパが第一次世界大戦のあとに、それがなぜ起きたのか、なぜすべきでない戦争が起きたのかという研究を進めたとお書きでしたが
日本には第一次世界大戦の時点では、その意識はまったくなく
だからリットン調査団の報告書を拒否して、国際連盟を自ら脱退して、戦争に入って行ったってことですよね。

臣民の方が戦争を望んでいたという紛れのない事実によっても
天皇ー臣民体制の欠陥、
文民統制(シビリアンコントロール)が利かず、軍部の暴走を留められない体制、
好戦的な教育が行き届き、思想や情報がやすやすと統制されてしまう
そういう体質と、戦前の天皇のあり方が深く関わっていたのはやっぱり事実だと思うんですが。
ペリドット 2018/08/06(Mon)10:36:28 編集
Re:憲法はまずは国家権力を縛るもの
>その19世紀の価値観の最後にうまく乗って、日清日露戦争でうまいこと行ったのは事実で
>日本としてはそれと同じ、その流れを続けているつもりが、時代が変わっていたのに(第一次世界大戦、国際連盟あたりが潮目かな)、それに気づいていなくて
>気づいたら引き返せない「しない方が良い戦争」をやっちまったってことだと理解してます。

満州国は陸軍ですが、それより前の帝国海軍の八・八艦隊計画なんかどう考えますかね?
維持費で国庫は破綻するおまけ付き、なのに第一次世界大戦後の好景気から予算通っちゃったんですぜ。
推進派だった加藤友三郎が、ワシントン会議で軍縮案を飲んで、国家財政と日本の悪評判を救ったにも関わらず、その後海軍は艦隊派が条約派を追い出しちゃった。

>最初勝ってたはナイナイ。しっかり勝ってたんならそこで戦争を終わらせられたわけで

しっかり勝てるくらいなら戦争はやらないっすよ。
最近でもよく言われてますよね、在日米軍の抑止力ってヤツ。まず働きますね、現実にはね。

戦後の反戦教育の申し子に旧日本軍のことを教えるのは私では無理です。

太平洋軍司令官ハリー・ハリスジュニアが駐大韓民国大使に任命された時の安堵感をペリドットさまに伝えられないのと同じくらいに。

【2018/08/06 18:57】
この笑顔って
コラ画像ではないですよね?
婚約報道から嫌いだったけれど、でも最初は可愛らしいと思ったのに。
ほこり 2018/08/06(Mon)14:32:15 編集
あら~
こんにちは。
カメラマンの意気込みが違いますね。
どうでも良いという感じと
素敵な一瞬をとらえたという感じ。
まゆ玉 2018/08/08(Wed)07:26:28 編集
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