屋根裏部屋でホコリをかぶっていた本を引っ張り出して来ました。ちょっと気になった部分だけを取り出して「個人の感想」を書いてます。
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「腹立つわ~」とのコメント付きで、ななおさまから讀賣新聞の切り抜きが送られてきました。(お礼もいわずにすみません。いつも情報有難うございます)

「ご即位から1年」
今上陛下の記事から2日、鯰上げ上げを早速書く讀賣新聞。
アカヒほどあからさまではないけれど、「讀賣よ、おまえもか!」ってとこですよね。

讀賣にも、アキシノマンセー要員がちゃんといるんだね。

この社会部吉田敏行を調べてみたら、なんだ、鯰の外国旅行にくっついていくコバンザメ社員だったみたい。








特派員として国際報道に携わり、時には大きな緊張を強いられるよりは、アゴアシ付きで外国旅行させてもらえ、お決まりの提灯記事を書いていればOKの楽なお仕事なんだから、ある意味、やりがいよりはうま~な人生を選んだ人なんだろうな、という感想を持った。

そして小器用な文章をひっさげて、やがては「皇室じゃあなりすと」の肩書きのもと、テレビのコメンテーターとして適当なことを言い、時には文字の大きいすっかすかの皇室本を出したり、つぶしのきく道を歩んでいかれるのだろうか?

こういう人を世間では「お利口な人」という。

しかし、50を過ぎて住まいやら装束やらお手当など金銭的なことだけ「皇太子待遇」を要求するおっさんを「シャイ」の一言で擁護できるのか?
新聞記者の方もいいかげんお手軽コメントに慣らされ過ぎじゃない?

シャイと言えば、若き日の今上陛下だよね。

こんな記事があるよ。

 

さすがMI6の国、女王陛下のためにも将来の天皇陛下になられる方、また未来の皇室の構成員を調べることは当たり前のことでしょうね。
日本の御用新聞の提灯記事を参考にしてコトタレリ、とはつゆほども思っていない。

弟の方は女好き遊び好き、学業成績わろし、アホのアーヤと呼ばれていたことなんか、とっくに調べがついてると思うわ。 




皇太子さまが1989年にサッチャー首相(当時)に宛てて送った肉筆の手紙=英公文書館所蔵


これ、よく読んだら、追伸で、アーヤのかわりにお礼を書いておられるじゃないの。
ミテコサマ、「自分でお礼状を書きなさい」ってアーヤに教えなかったのか?
昔から女の尻を追っかける以外、何にもできない(やらない)男だったのね、アキシノ。

ほんと、陛下のご苦労がまだまだ続くかと思うと涙が出まする・・・。




天皇皇后両陛下におかれましては、本日ご即位から1年の日をお迎えになられましたことを、心よりお喜び申し上げます。

ただいま新型コロナウィルスによる自粛制限が全国で行われておりますが、新聞報道あるいは宮内庁HPにて、両陛下が国民のかかえる様々な不安をお案じ下さっていることを知り、有難く、胸がいっぱいでございます。

「この度の感染症の拡大は,人類にとって大きな試練であり,我が国でも数多くの命が危険にさらされたり,多くの人々が様々な困難に直面したりしていることを深く案じています。今後,私たち皆がなお一層心を一つにして力を合わせながら,この感染症を抑え込み,現在の難しい状況を乗り越えていくことを心から願っています。」

私たち皆が心を一つに、とのお言葉に、深くうなずきながら、個人として精一杯やれることはやろうと心を奮い立たせております(友人に触発されてマスク作っています)。

国民の目には触れぬところでも、天皇家の新しき長として、日々お忙しい御身でおありでしょうけれども、ご自身のお体にもよくよくお気を付けられ、お過ごしくださいませ。

国民を思いやってくださる天皇家の皆さまにこの年も明くる年もまたその次の年も、益々のご多幸が降り注ぎますように。

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ななおさまが送ってくださいました。





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河西が相変わらずあちこちに針を忍ばせた文章を書いてますが、編集委員は沖村豪さんですね。

「コロナ危機、お言葉慎重」

お言葉は慎重であるべきだと思っていますよ。
思い起こせば、ヘーセーはひどかった。
アキヒトテンノーは「私の意図するところと違うようにとられた」とへそを曲げたの一度や二度じゃないでしょ?
綸言汗のごとしと言ってね、清の乾隆帝が模本に「賛」を入れてしまったので、後に真本にいれられなくなってしまった故事とともに昔から戒められているのよ。
それを聞き手のせいにするなんて、上に立つ人間のすることではないでしょ、まして「国民統合の象徴」ですよ。
自分の意図するところをきちんと話せってんだ。

だいたい、テレビなんかでもみんな専門家ヅラしてしゃべりすぎだと私は思います。

河西も「国民に近づく活動の休止が続けば、高まった象徴天皇の存在感が一気に薄れるかもしれない」なんて言ってますけど、あの出好きの婆さんにあちこち引っ張り回されつつも国民への露出を目論んだヘーセー天皇は象徴天皇の存在感ありましたっけ?

ヘーセーの即位礼は、令和のそれよりも絢爛豪華になされましたが、主役を張ったミテコサマでさえ、その後の徳仁皇太子のご成婚による国民の興奮と熱狂は超えられなかったじゃないですかw

象徴天皇の存在感というものは、テレビや週刊誌に書かれた出番の回数とかお手振り美談なんかで測れるものじゃないですよ。
 
 







 

私は、令和の即位礼が縮小されつつも滞りなく行われたこと、反対に新型コロナウィルスによりさまざまな行事や社会生活さえも取りやめになっていった中で、ぎりぎりまで「延期or中止」をついぞ言い出さなかった自称コーシ夫婦が政府によって「延期」を言い渡されたことに天命を感じます。




私の父も「喜びも悲しみも幾年月」の映画好きでしたね。
高峰秀子と佐田啓二でしたっけ?

私はそれよりも父が語った(灯台ではないですが)鹿児島湾沖、戦艦榛名の甲板上の昭和天皇を思い出しますね。
昭和6年11月19日、熊本の陸軍大演習を終え、横須賀へ向けて南下する榛名、日は暮れ、真っ暗な海上にわずかに見える灯火、お召艦と護衛の駆逐艦4隻、それぞれに灯火が一つずつつく。
お召艦は2つ目の灯火である。
船は見えないがその灯に向かって湾沿いの村人たちが手に手に松明やちょうちんを持って海岸線に沿って並びお見送りをしている。

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遥か10余キロを隔てたかなた、薩摩半島の村々は、
今頃は、陛下の御召艦が自分たちの村の
沖合を通過する時刻だと思い、
夜のことで艦影は見えないが、老いも若きも、打ち揃い
ちょうちん、たいまつを持って海岸に立ちならび、
また若者たちは山々に登って、かがり火をたき、
半島一帯の村びとこぞって、陛下をお見送しているのである。
陛下は、いま、望遠鏡で、これを発見あそばされ、
暗い後甲板から、ただお一人、
静かに、この沿岸一帯の灯火に対し、
挙手御会釈を賜っていたのである。
ああ。と私は感嘆の声を発せざるを得なかった。
何という聖なる光景であろう。
夕やみに包まれた軍艦榛名の後甲板は、
あたりに人なく、声なく、
ただ陛下御挙手の尊影を仰ぐのみ、
御会釈を賜わるものは、そも誰か。
肉眼に、これを求めて、これを得ず、
わずかに、望遠鏡のレンズのうちに、
薩摩半島沿岸一帯盛んなるかな、果てしなくえんえんとして
かすかにつらなる奉送のともしび。
はるかに海をへだてて、陸から艦へ、また艦から陸へ、
闇を貫く、君臣まごころのかたらい。
ああ、これこそ、ほんとうの日本の姿でなくてなんであろう。
私は、改めて小山のような榛名の巨体を見上げたが、
月もなく、星も稀なこの闇空に、黒ずんだ、この艦は
ただ黙々と、風を切って走っている。
はるか、かなたの村びとたちには到底見えるはずがない。
何とか連絡をとって、陛下は、あなたがたのお見送りに対して、
ただいま艦上から、お別れの挨拶をしておいでになりますよ、と
知らせて上げたい気持ちで胸一ぱいの私は、
その方法のないのに、もだえ苦しんだ。
無線で打電しようかとも思ったが、いま、あの山の上で
かがり火をたいている人たちの耳に、
到底、今夜のうちに届くとは思われない。
フト、そのとき一案を思いついた私は、
すぐさま艦長室へ走った。
艦長に事情を話して、
探照灯を全部つけて貰うことを頼んだところ、
艦長も感激して、すぐ、つけましょう。というので、
私は、また、すぐに後甲板に引きかえしたところ、そのときは、
もう6ケの探照灯の光芒が、皎々と、
左は大隅半島、右は薩摩半島の空や海や海岸一帯を、
くまなく撫でまわしていた。
はるかに、ワッ、とあがる両岸の歓声を想像しながら、
私は心のうちで叫んだ。
幸いなる哉、われよ、汝は、ただ一人、
ここに千古に変らぬ日本の姿を見たりと。


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たぶん、父は何かの説教でこの話をしたのだと思う(それが何だったのか忘れちゃった不肖の娘であります)が、その話は、昭和天皇が暗い甲板で、一人遠くの薩摩半島の灯火に答礼しておられたところで終わりだった。
ただ、演習が無事終わり、乗組員たちの夕飯後のリラックス感漂う艦内、船がゆるゆると進む間中、身じろぎもせず村人の見送りの灯火に向かいただお一人挙手されている昭和天皇のお姿を自分もそれを拝したかのように口下手な父が手振りを交えて短く語った話は、戦後左翼教育をどっぷりされた娘の頭の片隅にも、感動を保って残った。

この話は供奉員木下道雄氏(後の侍従次長)の「宮中見聞録」という本に書いてある。

ミテコサマが西日本豪雨の被災者を見舞った時、「足元が悪いから絨毯を敷け」と仰せがあって、すぐ赤絨毯が敷かれたとか、被災者を抱きしめた時、ミテコサマの体温のぬくもりが被災者にすぐ伝わる素材で服を作ったとか、警官が家々を回って「リョーヘーカのお出迎えに出てくれ」と招集をかけたりとか・・・




↑ 赤絨毯が敷かれた被災地お見舞い



せっかく戦争のない日本が続いていたのに、おかしな美談がまかり通るようになって、いい時代なのか何なのかよくわからなくなったわね。


切りよく、今年で平成が終わらないかな~。













 


絢子さまのご結婚で持ちきりだったのに、婆の誕生月のうちは、婆以外は絶対出さないのかしらね?


最後の、最後の最後、本当に最後の「閉店セール」いつまで続くのやら・・・orz







雅子皇后陛下、どんなになられるかな?

管理人三婆は、実は雅子妃殿下が皇后になられて、どんな皇室に変わっていくかすっごく興味あります。

なんせ、お出迎えの猫ちゃんに

「にゃぁ」

と挨拶されるwお方ですよ。


香淳さま、伊勢神宮ご参拝の折、チョンチョンと参道脇を歩いている鳩ににっこりしておられるお写真がありますが、平成の取り繕った姿ばかりを見せられてきた反動ですかね、自然体の皇室が見られるかなと楽しみにしています。


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って思っていたら、11月に入ってもミテコサマ、ミテコサマですよ。









いい加減にしてくれ~!







毎回毎回美談にしなくちゃいけない、ってのは新聞社とか雑誌社の勝手な事情であって、本当はこうやって普通に報道に徹してくれた方がいいんですよ。

国民は「事実が知りたい」のだから。
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